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日本株(日経平均)とドル円レート長期推移(チャート・変動要因)

投稿日:2018年3月4日 更新日:

日本株とドル円レートには一定の相関性があると言われます。

ただし、下記チャートをご覧いただくと分かりますが、1970年代・1980年代は相関性が低く、逆の動きをしている期間も長くなっています。

1990年代以降から徐々に相関性が高まっているようです

ドル円レートの変動要因についてはこちらも参照してください:ドル円レート長期推移1971~(チャート・変動要因)

日本株(日経平均)・ドル円レートの推移と変動要因(1970年代)

日経平均とドル円レート1970年代

  • 1971年8月15日、ニクソン大統領は金本位制の停止を発表、固定相場制を採用していたドル円レートも1ドル=360円から1ドル=308円に切り上げされ、日本株は大きく下落した(ニクソンショック)
  • 1972年6月11日、田中角栄氏が自民党総裁選におけるアピールとして日本列島改造論を発表
  • 1973年2月にドル円為替相場が完全変動相場制に移行
  • 1973年1月~1974年10月まで日経平均は30%以上下落しているが、これは1ドル= 308円から1ドル=260円前後まで円高が進んだことに加え、1973年10月にオイルショックが発生したことが要因
  • 1976年11月~1978年10月、日本の対米貿易黒字がクローズアップされ、円/ドルレートは1ドル=300円から1ドル=180円まで円高が進んだが、日経平均はほとんど調整することなく大きく上昇した

日本株(日経平均)・ドル円レートの推移と変動要因(1980年代)

日経平均とドル円レート1980年代

  • プラザ合意により超円高となったにもかかわらず、1979年12月末の6569円から1989年12月末の38,915円までほぼ一本調子で上昇した(1987年10月のブラックマンデー時は約25%の下落)

バブルが生まれた理由

  • 1985年9月22日のプラザ合意により1ドル=250円前後から1ドル=120円前後まで大きく円高が進み、輸出が低迷し円高不況と呼ばれる状況となった
  • この対応策として日銀は利下げし金融緩和政策を行った(プラザ合意前の公定歩合は5.0%であったが1987年には2.5%まで低下)
  • さらにプラザ合意後のドル安が想定以上で米国で輸入物価の上昇によるインフレ懸念が台頭し、米国は金利を引き上げる中、日米金利差を拡大させるために、日本には金利を上げないよう要請した
  • 日本は金融緩和により1986年後半には景気が回復し始めていたが、米国との協調を優先し1989年5月まで公定歩合を2.5%という当時では超低金利で維持したことにより資産バブルを生んだ

日本株(日経平均)・ドル円レートの推移と変動要因(1990年代)

日経平均とドル円レート1990年代

  • 不動産融資規制と急激な利上げでバブルが崩壊
  • 1990年3月大蔵省が土地関連融資の総量規制を発表し不動産向け融資の伸びを抑制した
  • 1989年5月日銀が利上げを開始し、公定歩合を2.5%から3.25%に引き上げ、その後1989年10月に3.75%、1989年12月に4.25%、1990年3月に5.25%、1990年8月に6.0%まで上昇
  • その後、株価の大幅下落もあり今度は急激な利下げを行うが目に見える効果は表れなかった
  • 1991年7月利下げを開始し公定歩合を5.5%に引き下げ、その後1991年11月に5.0%、1991年12月に4.5%、1992年4月に3.75%、1992年7月に3.25%、1993年2月に2.5%、1993年9月に1.75%、1995年4月に1.0%、1995年9月に0.5%まで低下
  • ドル円レートは日本の対米貿易黒字が拡大したことで円高圧力が高まり、1995年には1ドル=79円台まで円高が進んだ
  • 日経平均は1989年12月末の39815円から1995年6月には14000円台まで下落した
  • その後反発したが、1997年アジア通貨危機、1998年ロシア危機が発生する中、日本国内では金融不安が台頭した
  • 1997年のアジア通貨危機では日本も同じアジアということで円も連れ安し1ドル=147円円まで円安が進んだが、日本の金融不安の影響が大きく株価は上昇しなかった
  • アジア通貨危機・ロシア危機発生時の株式・債券の下落率はこちら:各資産の最大下落率(アジア通貨危機・ロシア危機)
  • 1997年11月、北海道拓殖銀行と山一証券が破綻
  • 1998年10月長銀、1998年12月日債銀が破綻
  • 1998年10月に日経平均は当時としては最安値の12787円まで下落した
  • 1999年はITバブルが発生し、世界的に株価が大きく上昇、日経平均は年明けの2000年2月に20,000円台を回復
  • IT関連株式が多かったジャスダック指数は1998年10月の22.98から2000年2月の130まで5倍以上という驚異的な上昇となった

日本株(日経平均)・ドル円レートの推移と変動要因(2000年代)

日経平均とドル円レート2000年代

  • ITバブル崩壊後、日経平均は2003年4月に8000円を割れる水準まで下落した
  • 2000年4月、日経平均採用銘柄を20銘柄変更(参考ページ:2000年4月の30銘柄入替で日経平均は10%は低く見えている
  • 2001年前後は世界的に景気が悪化する中、2001年9月に同時多発テロ、2001年10月にエンロン不正会計問題などが発生し世界的に株価は大きく下落した
  • ITバブル崩壊後の株式・債券の下落率はこちら:各資産の最大下落率(ITバブル崩壊)
  • 日本は銀行の不良債権問題が尾を引き、景況感が悪化していた
  • 2003年3月米英軍による空襲からイラク戦争が開始
  • 2003年5月りそな銀行が公的資金注入により国有化されたことで、日本政府がこれ以上銀行をつぶさないという意志の表れと解釈され株式市場全体に安心感が広がった
  • 2006年1月ライブドアショックが発生し小型株を中心に大きく下落
  • 2007年8月パリバショック
  • 2008年3月米証券大手ベアー・スターンズが実質破たん状態となりJPモルガン・チェースに買収される
  • 2008年9月リーマンショックにより金融不安が発生、あらゆる金融資産が大幅に下落した
  • リーマンショック時の株式・債券の下落率はこちら:各資産の最大下落率(リーマンショック)

日本株(日経平均)・ドル円レートの推移と変動要因(2010年代)

日経平均とドル円レート2010年代

  • 2010年代はドル円レートと日経平均の相関性が高まっている
  • リーマンショック後の影響が残る中、2011年3月、東日本大震災が発生し円高・株安が継続していた
  • 2012年12月、第2次安倍内閣が発足、アベノミクスがスタートし円安・株高基調へ
  • 2013年1月、インフレ目標2%導入
  • 2013年3月、黒田日銀が発足、大規模緩和スタート
  • 2014年2月、日本版スチュワードシップコード策定・公表
  • 2015年6月、コーポレートガバナンス・コード適用開始
  • 2015年8月、チャイナショック
  • 2016年11月、トランプ氏が大統領に当選、米金利上昇による円安効果で日本株も上昇



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