こちらのページではソフトバンク(9984)が2016年に発行した「ハイブリッド社債(劣後債)」を例に事業法人が発行するハイブリッド社債(コーポレート・ハイブリッド証券)について解説しています。【格付会社の資本性の規定等は2016年時点のものです。変更になる可能性がありますので注意してください。】
- コーポレート・ハイブリッド証券についての解説はこちらも参照してください:コーポレート・ハイブリッド証券の仕組み・特徴を分かりやすく説明
現在はソフトバンクグループ(9984)に商号変更していますが、下記ではハイブリッド証券発行時のソフトバンクで記載しています。
また、2019年頃からソフトバンクグループは2016年当時とは異なり、純粋な投資会社になっていますので、その点は注意してご覧ください。
下記は投資会社ではなく一般の事業会社であったソフトバンクグループのコーポレート・ハイブリッド証券の事例としてご覧ください。
ちなみに当該劣後債は予定通り、2021年に繰り上げ償還されています。
今後も同様の債券を繰り返し発行していく可能性が高いと思われますので、下記の発行事例を参考に分析していただければと思います。
ソフトバンク・バイブリット社債(公募劣後特約付社債)の商品概要
機関投資家向けと個人投資家向けのものが起債されましたが、今回は個人投資家向けの債券について分析します。
ソフトバンク・ハイブリッド社債の条件(2016年発行)
- 発行日:2016年9月30日
- 発行総額:4000億円
- 期間:25年(NC5:ノンコール5年)、2021年9月30日以降の利払い日毎に発行体が任意で償還可能
- クーポン:①当初5年3.0%、②5年後以降6ヶ月円Libor+3.16%、③20年以降6ヶ月円Libor+3.36%
- 劣後条項:一般債務・既存劣後債に対して劣後する/優先株式と同順位
- 資本性:JCRは50% (5年後25%、15年後0%)、S&Pは50% (5年後0%)
ポイントは「格付会社の資本性認定の減少」と「金利のステップアップ」で繰上償還を促す仕組み
当債券がハイブリッド社債と言われる理由は、格付会社(JCR・S&P)から当初5年は50%の資本性が認められており、発行体から見ると一部、株式と同様の効果があるからです。
年限は25年の債券ですが、5年後以降、発行体の裁量で償還が可能となっています。
一般的な見方としては、ソフトバンクの信用力に大きな変化がなければ5年後に繰上償還することが前提として発行されています。
5年後に繰上償還されると考える理由は5年後以降は格付け会社からの資本性認定が減少するからです。
上記の通りJCRは5年以降25%、15年以降0%、S&Pは5年以降0%としています。(格付会社が認める資本性が低下する理由については下段で詳しく説明しています)
資本性が認められないのにLibor+3.16%という高金利で資金を調達しておく理由がないからです。
ただし、5年後のソフトバンクの信用力が低下して、一般社債を発行するのに3.16%を大きく上回るスプレッドが必要な場合は償還されない可能性が高くなります。
ちなみにこのハイブリッド社債の条件決定日(2016/9/9)におけるソフトバンクの一般社債(SB)のスプレッドは5年債で1.7%程度、7年債で2%程度となっています。
ハイブリッド社債の5年後以降はLiborベースの変動金利ですので、5年債・7年債のスプレッドと完全な比較はできませんが、現在1%台後半のスプレッド(上乗せ金利)が3.16%を大きく上回り、4%台などになった場合は償還されないリスクが発生することになります。
ただし、金融機関が発行するCoCo債と異なり、スプレッドのステップアップ(+3.16%→+3.36%)がありますので償還しやすい設計になっています。
CoCo債はスプレッドのステップアップが認められていません。
スプレッドのステップアップはコーポレートハイブリッド証券の特徴ともいえます。
さらに細かく説明すると、5年後の金利環境(金利水準、長短金利差)や5年後の時点でソフトバンクが将来的に再度ハイブリッド社債を発行したいと考えているか否かも償還するか否かの判断に影響を与えます。
特に再度ハイブリッド社債を発行したいと考えている場合は多少スプレッドが高くても、投資家の期待に応えるため償還させる可能性が高くなります。(繰上償還しないと再度同様の債券を発行することは厳しくなると考えられます)
- スプレッドの解説や過去のソフトバンクのスプレッドについてはこちらを参照してください:社債のスプレッドとデュレーションについて>
- 劣後債の期限前償還見送りについてはこちらを参照してください:劣後債の期限前償還見送りについて考える(スタンダードチャータード銀行劣後債)>
5年後に繰上償還されないケースは極端な信用危機の場合
リーマンショックのようなマーケット全体に影響を及ぼす信用危機の場合やソフトバンク個別の要因で信用力が極端に低下した場合に償還されないリスクが高まります。
通常、日本の債券市場ではハイイールド債市場と呼べるものはなく、格付けの高い企業しか債券を起債できません。
ソフトバンクの個別要因ではなく、マーケット環境の悪化でソフトバンク債のスプレッドが4%以上になるということはかなりのクレジット危機と言え、おそらく債券の起債ができない可能性も高くなります。
ただし、マーケット全体の問題で起債ができないのであれば、マーケットが回復するまで待ち、起債ができる環境になれば償還される可能性は高くなります。
逆にソフトバンク個別の問題の場合、そのままデフォルトまで行く可能性もゼロではありません。
有利子負債14兆円に対し、アリババをはじめとする保有有価証券の時価は12兆円あります。(2016円時点)
2016年現在のソフトバンクは企業として2000年前後とは大きく変化しており、特に国内の携帯電話事業だけで安定的に5,000億円以上の営業利益が出るようになっており、キャッシュフロー創出力は極めて高くなっています。
事業ポートフォリオも安定した国内携帯電話事業に加えて、業績が回復してきている米国携帯電話事業(スプリント)、今回買収した半導体のARMと分散が図られてきました。
また、これまでもボーダフォンやスプリントを買収し成功した実績もあるため、極端なリスクはないと思われます。
それでも今後、更なる巨額買収で有利子負債を増やす可能性もありますし、保有株式が下落する可能性もあります。
JCRの格付けはBBBですが、国内格付け会社でBBBということはもしS&Pやムーディーズが格付けするとBB格ということになります。
実際、発行している外貨建て社債はS&PがBB+、ムーディーズがBa1と投資適格の水準ではありません。(逆にいうとS&P、ムーディーズのBB格はハイイールド債やジャンク債などと言われますがイメージほど信用力が低いわけでもないと言えます)
- ハイイールド債の格付けやポイントに関してはこちらを参照してください:フィデリティ・USハイ・イールド・ファンド/米国ハイイールド債の投資環境>
最後は孫社長をどこまで信じるかということになると思います。
円建て社債でソフトバンク以外に高い利回りが出る銘柄は非常に少ないので、これくらい大きなロット(4,000億円)で発行してくれることは投資家にとってはありがたいと言えます。
コーポレート・ハイブリッド証券で格付会社が認める資本性が初回コール後に減少する理由
たまに質問される内容ですので掲載しておきます。
上記のソフトバンク・ハイブリッド社債でも時間の経過とともに格付会社が認める資本性が低下していました。
当初5年はJCR・S&P共に50%を資本として認めますが、JCRは初回コールである5年後には25%、15年後には0%となり、S&Pは5年後には0%となります。(上記の条件参照)
よく、一般の投資家からは「初回コールをスキップした後の方が資本として認められてもよいのではないか。なぜ逆に減るのか?」といった意見を聞きます。
この点については、格付会社はその資金に永続性かあるか否かで資本性を認定しています。
分かりやすい例では、株式は償還がないので無期限の資金です。
一方、普通社債は期限が決まっています。
株式は償還期限がないので資本性があり、普通社債は期限があるので資本性が認められません。
この考えに基づくと、初回コールをスキップした後の方が、償還までの期間が短くなると考えられ、資本性が低下します。(細かく言うと、金利のステップアップや配当の累積の有無などによっても異なりますが、基本的な考え方はこれでOKです)
最後にソフトバンクのハイブリッド社債に関する新聞記事を掲載しておきます。
【参考記事】2016/12/27日経朝刊
社債5割増、新株6割減 低金利、資金調達に変化 資本増強も起債で
上場企業が社債を使った資金調達を増やしている。低金利で調達コストが大きく下がり、発行額は前年比5割増の10兆5千億円と7年ぶりの大台に乗せた。大型の起債にとどまらず、資本増強効果が得られる特殊な社債が急増したのも追い風となった。半面、一株あたり利益の低下につながりかねない新株発行は6割減った。
社債発行額が10兆円を超えるのは2009年(約11兆3900億円)以来だ。今年は日銀のマイナス金利政策の影響で指標となる国債利回りが下がり、9月にはパナソニックの4千億円、ソニーの2千億円など大型の起債が相次いだ。
短い年限の社債は発行時の金利がゼロに迫る。トヨタファイナンスが出した3年債の利回りは0.0003%と過去最低を記録した。発行額を押し上げたもう一つの要因は「ハイブリッド社債」と呼ばれ、一定の資本増強効果が得られる社債の広がりだ。16年は過去最高の3兆6600億円強と、前年の2.7倍に膨らみ、社債全体の発行額の3割強を占めた。
ハイブリッド債は普通社債より債権者への弁済順位が低い代わりに利回りは高く設定する。「負債」として扱われるが格付け会社が一定部分を資本とみなすので、発行企業にとっては資本増強に似た効果を得られる利点がある。
ソフトバンクグループは3兆3千億円を投じた英半導体設計大手アーム・ホールディングス買収後の資金を手当てするため、計4700億円強のハイブリッド社債を発行した。「(1株利益を)希薄化させたくない」(孫正義社長)という理由から増資ではなく、年3%の利率で調達できるハイブリッド債を選んだ。
ハイブリッド債の人気は運用難に苦慮する機関投資家の需要も影響している。三井住友アセットマネジメントの深代潤氏は「国債よりも利回りが高い社債や劣後債を選好する」と話す。
一方で新株発行による資金調達(公募増資と新株予約権付社債の合計)は約7850億円と前年の3分の1強の規模に縮んだ。7月に日米市場に新規上場したLINEが1300億円強を調達したほかは、日本水産の公募増資138億円など小粒な案件が多かった。
上場企業は100兆円を超える潤沢な手元資金を蓄えており、資本増強の必要がなければ新株発行に動く要因は働きにくい。増資によって株式数が増えると一株あたりの利益は薄まる。利益水準が変わらなければ資本効率を示す自己資本利益率(ROE)などの指標も下がる。企業統治指針の導入を機に企業は資本効率を重視するようになった。
野村証券の海津政信シニア・リサーチ・フェローは「安易な増資は株主の利益を損なうとの認識が企業の間に広がってきた」と指摘する。
企業にとって低い調達コストが追い風になってきた社債発行市場も、11月の米大統領選を境に環境が変わりつつある。財政拡張策を掲げるトランプ氏の当選後は米国の金利上昇が日本にも波及し、長期金利に上昇圧力がかかっている。日銀は長期金利をゼロ%程度に誘導する目標を堅持しているものの、市場では「企業が金利の先高観から前倒しで資金調達に動く可能性がある」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の諏訪一氏)との声が出ている。
2016年に発行された社債の利回りは期間5年~10年のもので、ほぼ全て1%を下回るもので0.5%を上回るものすらほとんどありませんでした。
ベース金利が低いのは仕方ありませんが、リスクに見合ったスプレッドをもう少し上乗せすべきだと感じます。
従来から日本は米国などと比べて信用リスクに対するスプレッドが低い傾向があり、発行体にとってはプラスになりますが、投資家は本来得られるリターンを享受できていません。(それでも買う投資家がいるから仕方ありませんが。。。)
そういう意味では利回りの高いソフトバンクハイブリッド社債は貴重な存在と言えます。